ラジオが始まるよ!!

ご報告📻
FMドラマシティRADIOワンダーストレージ
「鳥居はゆきのお布団radioはなうたまじり」が2024年2月6日から毎週火曜の21:00スタート致します!!実家もあり、Lákuraの一号店もあった縁の地、新札幌でというのもまた嬉しい☺️
ラジオ📻事の始まりはこちら。長いよー!!
腱板断裂の為、手術入院をしていた私。
結果的に完成まで至らなかった外岡秀俊さんのインタビューの原稿を記念に残しておきたくて、病室のベットの上で、(というか、お布団の中で)ラジオアプリを使って録音したことがきっかけです。
外岡さんとは?はいコチラ!
Wikipediaから抜粋。心から尊敬できる方なのです!
北海道札幌市中央区出身。
北海道学芸大学附属札幌小学校、北海道学芸大学附属札幌中学校から北海道札幌南高等学校に入学し、剣道部に所属する。
東京大学文科Ⅰ類進学後に初小説『白い蝙蝠は飛ぶ』を発表し、学友会「銀杏並樹賞」受賞。1976年、東京大学法学部在学中に石川啄木をテーマとした小説『北帰行』により文藝賞を受賞する。
1977年に東大法学部卒業後、朝日新聞社へ入社。新潟支局、横浜支局、学芸部、社会部(最高裁判所担当)記者、ニューヨーク、ロンドン特派員、論説委員、ヨーロッパ総局長を経て東京本社編集局長を歴任した。論説委員時代には沖縄米軍基地問題の取材班キャップを担当し、大田昌秀知事の「鉄血勤皇隊」体験を報じた。2011年3月、両親の面倒を看たいと考え、早期退職制度を用いて朝日新聞社を早期退職。東京から故郷の札幌に戻る。その後は札幌を拠点に作家や講演活動を行い、2014年1月に雑誌「文藝」2014年春号に、中原名義で新作長編小説『カノン』を発表した。北海道大学公共政策大学院では上席研究員を務めた。
2021年12月23日、札幌国際スキー場にて心不全のため死去。68歳没。
外岡さんの講演の後に演奏したことがきっかけで仲良くして頂き、本当に素晴らしい出会いでした。
その後、BS朝日の番組で撮影のため一緒に旅をしたり、Lákuraによく遊びにもきてくださいました。お亡くなりになる2021年は特に、個人的にお会いすることも多く、お互いにお料理レシピの情報交換や、Lákuraのワイルドガーデンのミントをお裾分けしたり、外岡さんから調味料を頂いたりと、料理繋がりの仲でございました。なーんでも知ってる方なので、話が面白くって、それでいてユーモアも品もあるので楽しくって時間はあっという間に過ぎてしまいます。
外岡さんが私のプロフィールを書いてくださるという事で、生まれた時からのインタビューを受けました。私自身自分の生きてきた道を感謝するきっかけとなり沢山の発見がありました。
年表を作ろうと思ってるんだよねとお話しする外岡さんの原稿がメールに残ったまま、そして、腱板断裂の手術の前に、何か食べたいものや読みたい本があったら病院にお持ちしますよというメールが最後になりました。
わたしは、外岡さんがわたしのためにどんな本を選んでくださるのかがすごく興味深く、本がいい!!とちゃっかりおねだり返信をしました。その翌々日旅立ってしまいました😢
そんな外岡さんのインタビュー形式のやりとりの原稿を読んだり脱線したりしながら、10本ラジオアプリで撮ったのです。そのラジオが今回のお布団ラジオに繋がりました。
どこでどうなってこんな風になっていくのかまだまだ人生わからない事だらけ。そして、可能性だらけ。
初めてのことですし、とろーんと眠そうに話したりする日もあるので、色んな心配事がありますがwwなま温かく見守って聴いていただけたらと思います。
たまに生配信もあると思いますので、宜しくお願いいたします!!
毎週火曜日(5週目ある時は5週目がお休みです)20:00-21:00小橋亜樹ちゃんのわくわくワンダーランドからのdeuxratsメドレー!!!亜樹ちゃんに続きます!!
亜樹ちゃんのラジオでお酒飲んで大笑いした後は、お布団radioはなうたまじりでまったりクスッと笑いながらいい夢を見てくださいね!

Lákura

1919年。札幌市すすきのの片隅で「質屋」として建てられた。2010年初夏。 煉瓦のグラデーションが美しいこの蔵は、Lákura分室としてオープンし、104年経った。(2003年新札幌でLákuraはオープンし、今年20周年を迎えた。)蔵ノ中デ宝サガシ。 服と食と音楽と♪ ビーフシチュー。今日も、笑い声とともに。 長屋的selectshop Lákura 。あなたの暮らしに寄り添えますように。